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Quest17 医師におけるプロフェッショナリズムとは

こんにちは、理科三類の面接が少し不安です、わたマータです

今日は、医師に求められるプロフェッショナルとはどんなものなのかという話題に触れてみたいと思います

まず、医師におけるプロフェッショナルの定義の一つについて以下の図を見てください


プロフェッショナルの定義

この定義はArnoidとSternによって提唱されました

今回はこの定義にそって土台となる三つの要素について考えていきたいと思います





まず一番土台となる一番下にあるのは、臨床能力(医学的知識)
コミュニケーション能力がない医師、あるいは医学生が問題視されることは多いですが、コミュニケーション技術があってもこれがなくてはもはや医師ではありません
医学知識がどんどん古くなっていく現代において、生涯学習を続けていく意欲が求められるのは疑いの余地がありません
この定義にのっとると、常に勉強を続けれる人でないと、プロフェッショナルな医師とは言えないのでしょう









次に土台として大事なのがコミュニケーション技術です
なぜ、コミュニケーション技術が大事なのか
それは、治療行為の主役は医師ではなくて、患者さんだからだと思います

医師は、患者さんが症状について話してくれないと何もできません
患者さんは「こんなこと話していいのかな、病気と関係ないんじゃないかな」と不安に思って、実は病気に関係あるかもしれないのに話さないってことはよくありますし、実際僕もそういうことはあります
医師は患者さんの症状についてクローズドクエスチョンで答えていただく一方、気になったことは何でも話せる環境を作り、オープンドクエスチョンによって話してもらうといったコミュニケーションが必要となります
高圧的であったり、なんでこんなこというんだよ、こちとら忙しいんだよって雰囲気をもつ医者だと、患者さんとの信頼関係が築くことができず、うまくいかないでしょう
診断には以上のような医療面接がとても重要です


次に診断した後のことについて、病気を伝える、説明するという医師ー患者間のコミュニケーションに関して触れてみます

以前は、パターナリズムに則った医療行為が行われていたこともありました
パターナリズムとは、強いものが弱いものの利益になるからといってその行動に干渉、介入することです


現在はインフォームドコンセントという原則に則り、情報開示をし患者の理解を得る必要があります

法律をみても、医療法 第一条の4.2には『医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければいけない』とある

どうせ患者には難しいことはわからないだろうと専門用語でばーっと説明する医師、これは最低です
もちろん患者さんにすべてを理解してもらうのはとても難しいことですし、理論的に不可能なのかもしれません
それでも、完全な説明であるかはさておき、大事なことをわかりやすく説明すること可能なはずです
わかりやすい説明をするための努力が絶対に必要なのです
どのくらい説明するのかというのは様々な説があり、また時間も限られてることを考えるとわかりやすい説明をすればよいといえば解決するものではないことが難しいところですね
コミュニケーションがうまくいかないと、この治療法の副作用について説明が不十分だったなどのように訴訟されてしまうのでしょう


以上に加えて、患者さんの家族とのコミュニケーションも重要になってくることも多いと思われます
なぜかといいますと、患者さんの治療には家族の協力が避けられないことも少なくないからです

コミュニケーション技術によって、医師と患者さんによる治療に向かっていく推進力が変わることは疑いえない事実でしょう
ここにおいては医師ー患者さんの関係に簡略化していますが、医師以外の医療職の方々も含めてのチームですし、他の医療職の方々とのコミュニケーションも患者さんとのコミュニケーションに負けず劣らず大事ですね
医師だけで仕事をすることは不可能ですからね

理三の面接でコミュニケーション技術は、どのように審査されるのでしょうか
例えば、受験でうまくいかず合格できない人についてどう思うか、と質問して共感できるか確かめるんですかね
ほかの大学だと、過去にそういう質問もあったようですけどね








次に倫理的及び法的解釈についてです

医師が倫理的であるべきな理由の一つとして話さないといけない言葉は、『法は最小限度の道徳』というものです
これはどういう意味かと言いますと、近代社会において人間は自由で国家的強制は秩序維持の最低限度にすることが望ましいということです
現代社会において、医療の進歩は目覚ましいものがあります
少し前まで正しいと思ってたことがそうではないと言ったことが少なくありません
例を挙げますと、心不全に対する薬としてβ遮断薬というものが左室の収縮力を弱めるものとして禁忌とされていたのですが、心不全で亢進した交感神経活動を収めて、予後を改善するものとして今では治療薬として認められていることなどです

もしも、細かいルールがあって法律に『心不全にはβ遮断薬を使用してはならない』とあった場合、このようなことは発見されなかったかもしれません

細かい法律によって医療行為が規定されてしまうことは、医療の応用性と進歩を妨げ、かえって公衆衛生の向上を妨げてしまいます
そのような法律がなく自由なため、医師の倫理観に委ねられているのです
もしも、医師の倫理観が腐敗し、国家がコントロールしなければいけない社会になると、医療の進歩および応用性は阻害されてしまうのですね

医師法に以下のようにあります

医師法第一条【職分】『医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする』

国家に与えられてる自由に報いて職分を果たすことが重要なのですね
金儲けのためや不順な動機で医師になる人も少なくありません
僕は給料がどんなに低くても医師になりたいかと言われたら絶対的に手をあげることはできないかもしれません
しかし、病気の人を救いたい、助けたいから医師になりたいというのは紛れもない真実の心です
金儲けとして、あるいは不純な動機だけで医師になる人がいたらそれは悲しいことです
個人の価値観の違いなので、そこは不可侵の領域で仕方のないことなのですけどね


次に法的解釈がなぜ大切かについてです
細かく書きだしたらきりがないので、ここでは医療行為と法律について絞って話したいと思います

医療行為に関する法律がなければ、医療行為をした場合どうなってしまうでしょうか

現代社会において、個人の尊厳が重要視されることは疑いの余地がない事実です
人は理由なく身体の完全性を失うことはありません
医療行為は人の身体への侵襲を伴うため、刑法上、傷害罪や暴行罪になることが考えられます

このように話すと手術が想起されがちですが、診察や投薬も大なり小なり化学的、物理的侵襲が伴います
医師だからといって他者の身体に勝手に侵襲を加えていいはずがないです

なぜ、医療行為が犯罪とならないのか。。。


刑法35条『法令又は正当な業務による行為は罰しない』

刑法35条によって医師の正当な業務行為として認められているからです


医師は法律のもと、犯罪者とならずに医療行為を行っているのです
法律を逸脱すると『医療行為』はただの『犯罪』になってしまう可能性をはらんでいるのです

法律のもと医療行為を行っているのですから、法律の解釈は避けることのできない重要なことなのです




本日はプロフェッショナルについて取り上げてみましたが、面接対策として直前にちょろっとやるのも試験対策としては間違いじゃないのかもしれません
自分の場合は再受験ということもありますし、ちょっとずつこういう話題に触れ、自らプロフェッショナルな医師になるために勉強していくことが大事かなと思うのでたまに医師、医学的話題をブログにしてみたいと思います

今日はこの辺で

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コメント

机の上のお勉強は役に立ちませんよ

頭でっかちですねえ。

人を看取ったこと、ありますか?
意識不明になってる人に蘇生措置したことありますか?
すでに死んでいる人を水から引っ張り上げたことはありますか?

人は必ず死ぬんですけど、医療って何のためにあるんですか?
一時的に命を助けるためですか?
それに何の意味があるんですか?
どうせ死ぬのに。

机の上のお勉強をしてる暇があったら、自分の家族の面倒でもみたらどうですか?親やじいさんばあさんの面倒を。
きっと机の上のお勉強よりも、たくさんのことを学べますよ。

Re: 机の上のお勉強は役に立ちませんよ

> 頭でっかちですねえ。
>
> 人を看取ったこと、ありますか?
> 意識不明になってる人に蘇生措置したことありますか?
> すでに死んでいる人を水から引っ張り上げたことはありますか?
>
> 人は必ず死ぬんですけど、医療って何のためにあるんですか?
> 一時的に命を助けるためですか?
> それに何の意味があるんですか?
> どうせ死ぬのに。
>
> 机の上のお勉強をしてる暇があったら、自分の家族の面倒でもみたらどうですか?親やじいさんばあさんの面倒を。
> きっと机の上のお勉強よりも、たくさんのことを学べますよ。

コメントありがとうございます
自分でもとても頭でっかちなことは否めないと思いますし、机の上の勉強が実際どんな役に立つのだろうと不安に思うことはあります
医学教育や面接のための勉強であり、実際に役に立つかどうか、正直わかりません
医療がなんであるのかと言われても正直わかりません
それこそ、人生がなんであるのかもわかりません
医療には限界があります、しかし、可能な限り、その人の人生を幸せにするのが医療なのではないでしょうか

デイちゃんさんの言う通り、自分の家族の面倒をみて家族を大切にしたほうがいいとおっしゃった言葉にグサッと来たのも正直なところです

もしも、机の勉強を避けて医師になれるのだとしたら、実践の場で学習できたら、たくさんのことを吸収できると思います
僕は医師になりたいから、机の勉強をしてるのであって、机の勉強ですべてを解決できるとは思ってないですし、実体験による学びには耐え難いこともデイちゃんさんのコメントで再認識させられました

デイちゃんさんのおっしゃるようなことについて、医学生になった時の実習から医師になって一生学んでいくのだと思います
デイちゃんさんとは異なり、自分の人生で壮絶な体験が少なく甘っちょろいところがあるのは否めませんが、僕は医師になりたいから机の勉強をします

期待に添える返信とならないこと申し訳ありませんが、今僕ができる精一杯の返信です


No title

机の上のお勉強は役に立ちまくりますよ、そのおかげでこの社会は成り立っている。ブログ主さんはこれからの人生で経験値積んでいくんですから。いまは机の上の勉強極めてください。

Re: No title

> 机の上のお勉強は役に立ちまくりますよ、そのおかげでこの社会は成り立っている。ブログ主さんはこれからの人生で経験値積んでいくんですから。いまは机の上の勉強極めてください。
コメントありがとうございます
正直昨日から悩んでいました。。来年受験でなく、今年受験だったらやばかったかもしれません

無駄にまじめな性格なのか考えこんでしまいました
このコメントに救われました

昔にものすごく頭の良い人がこう言ってたのを思い出しました
「机の勉強が役に立たないっていう人がいるけど、それは社会を便利にするために誰かが解決してくれてるんだよ。君が自分で勉強したが何に使われているかわからないだけなのに、社会を便利にしてくれた人のことをないがしろにしてそんなこと言っちゃいかんよ。」と

サイクロイドとか数学Ⅲに出てくる曲線
一般の人からしたら社会に役立ってない、机の上の勉強は社会に役立たないと思うかもしれません
曲線の種類で「クロソイド曲線」というのがあるのですが、車のカーブを曲がる際、いかにスムーズに快適に走れるのはこの曲線のおかげだそうです

机の上の勉強は役に立たないのではなくて、役に立っていることに気づかない、あるいは役に立つように応用する能力がないのかもしれません

また、実体験による学びは有意義だ、これは正しいと思います

『実体験による学び』の反対を『机の上の勉強』と仮定してみます

実体験の学びが有意義なことは机の上の勉強が無意味ということと同値ではありません
実体験の学びが有意義であるからといって机の上の勉強をおろそかにしてよいということではないと思います

今は受験勉強がんばりたいと思います


ナイトちゃんさん本当にありがとうございました

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