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Quest20 能ある鷹は爪を隠すという美徳

こんにちは、ロングバケーションを抜けたいと思って勉強頑張ってます、わたマータです



突然ですが、何らかの発言をした際、その発言した人はだれかなのかって重要だと思いますか?




言い換えると、発言した人物がだれかということが発言に対して影響を与えるのだろうかってことです
もっと広げると発言した人が社会などの現実社会で活躍できてる時、スランプの時、それぞれの時において発言の意味であったり、価値が変わってしまうのだろうかということです



率直なところ、現実社会において能力がなかったり調子が悪い、あるいは実績がないなどの負の因子がどんなにすばらしいことを発言したとしても「とるに足らない」とみなされてしまうことが多いと思います
実際、実績を残してる人や能力がある人の発言を聞いた方が「成功」という保証がある分、価値のある発言である可能性が高いとはいえるかもしれません
しかし、だからといって成功するまで黙っておくことがよいことなのでしょうか


ここで題目として出てくるのが「能ある鷹は爪を隠す」ということです

意味は「本当に実力のあるものはやたらにそれを表さないものであるというたとえ」

この言葉だけだと基本黙ってた方がよいといった感じになるので、僕は次のように意味を拡張します

「実力がある者、実績がある者ですらむやみに発言するのはよくないのであるから、ましてそうでない者は発言しすぎない方がよい」



例えば、実力がないのに「東大を受験する」というと、学校のみんなに笑われる、バカにされる、そんな人が勉強法について話すとお前がいうなと言われる
だから、黙っておくと基本的に攻撃されないので「能ある鷹は爪を隠す」に学んで何も言わない
これは賢い選択だとは思います


ここではどっちが絶対的に正しいという話ではないので、人によっては正解でしょう





ですが、自分はそういうのは好きにはなれません
大きなことを言うと、何となく「出る杭は打たれる」傾向はあると思います
ただ、自分の調子が良い時、自分が偉くなってから、まるで抑圧された感情が噴火するかの如く発言するような人にはあんまりなりたくはありません



自分がどんな状況でもずっと同じく主張し続けるような人は本当にかっこいいしすばらしいと思います
能ある鷹は爪を隠すよりも人間として強くたくましく尊敬できると僕は思います




プロサッカー選手の「本田圭佑」選手がその傾向があると思います
自分が所属していたACミランで試合に出れない時、調子が悪く結果が出てない時でも変わることなく主張してました
そんな本田選手が結果出してからそういうこと言えとたたかれているのをみるとなんか切なくなりましたね
がんばってる人になぜネガティブなアクションを与えるのでしょうか
本田選手にはロシアW杯頑張ってほしいですね


自分が調子よい時だけ話す、悪い時は話さない
それは一種の美徳かもしれませんが、自分は主張は立場によって変わらず、また努力し続けて生きれるような人間になりたいですね

今日はこの辺で


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